walkingsdbgの日記

データ分析技術(機械学習・統計等)についてのメモを書きます。

長期投資における投資比率の最適化(その1)

はじめに

 新NISAをきっかけに投資を始めようと思い立ったのですが、「どの金融商品にどれくらいの比率で投資すればよいのか」が分からないので、投資を最適化問題として定式化し、その最適解を求めることでこの比率を決めます。

問題設定

 投資比率の決定を最適化問題として表すには、まず「何を最大化するのか」を決める必要があります。これを目的関数と呼びます。投資なので「最終的な資産の期待値」を目的関数とするのが自然に感じますが、これは破産リスクの高い投資に繋がります。例えば、以下のギャンブルを考えます。

  • 所持金10万円
  • コイントスをして、表が出れば賭け金が10倍に、裏が出れば賭け金が1/10になる
  • 表が出る確率と裏が出る確率は1/2で等しい
  • 所持金の何割を投資するのが最適か?

このギャンブルへの投資比率をαとし、資産の期待値を最大化するようにαを決めてみます。

  • 表が出た場合、所持金は10(1-α)+100α=10+90α
  • 裏が出た場合、所持金は10(1-α)+α=10-9α
  • 期待値は1/2×(10+90α)+1/2×(10-9α)=10+(81/2)α

上式より、αが大きいほど期待値も大きくなるので、α=1、すなわち、所持金全額をこのギャンブルに賭けることが最適解となります。したがって、資産の期待値を最大化すると、破産確率が高い投資比率を選んでしまうことが分かります。
 そこで、最終的な資産の期待値の代わりに、最終的な資産の「対数」の期待値を最大化します。これを期待対数効用と呼びます。期待対数効用を選んだ理由は以下の2点です。

  1. 期待値をそのまま最大化するよりもリスク回避的な投資比率を選択できる。
  2. 長期投資の最適化問題の計算が簡単になる。

1つ目の理由を、上記のギャンブルの例を使って説明します。資産の対数の期待値は1/2×log(10+90α)+1/2×log (10-9α)と書けるので、(計算過程は省略しますが)最適解はα=1/2となります。期待値の最大化と比較して、期待対数効用の最大化は投資割合を控えめにすることが分かります。2つめの理由については、後述の最適化問題を解く中で説明します。
 期待対数効用を目的関数として用いると、投資比率を決めるために解くべき最適化問題は以下のように表すことができます。


\mathrm{max}_{\omega_{t:T-1}} E _t \left[ \mathrm{log} \left(W_{T} \right) \right]
ここで、上式の記号・変数の意味は以下の通りです。

  •  E _t \left[ \cdot \right]:時刻tまでの「情報」で条件付けられた期待値(「情報」の具体的な中身は後述します)
  •  \omega_{t:T-1}:各時刻kにおける金融資産への投資比率 \omega_{k}を時刻tから T-1までまとめた集合
  •  W_T: 終端時刻 Tにおける資産

再帰式の導出

 前節で定めた最適化問題を具体化して解きやすくするため、以下の仮定を置きます。

  • 時刻t-1における資産W_{t-1}が与えられたとき、時刻tにおける資産W_{t}は次式で表すことができる。


{
\displaystyle  
\begin{eqnarray}
W_{t}&=&(1+R_{p,t}+C_{t-1})W_{t-1} \\
&=&(1+\tilde{R}_{p,t})W_{t-1}
\end{eqnarray}
}

    •  R_{p,t}:時刻tにおけるポートフォリオの収益率
    •  C_{t-1}:時刻tにおける定期的な収入等による資産の増加割合(簡単のため、一時刻前のt-1の時点で既知とする)
    • 表記を簡単にするため、2行目では \tilde{R}_{p,t}=R_{p,t}+C_{t-1}とした。


 R_{p,t}=R_{f,t-1}+\sum_{i=1}^{n} \omega_{i,t}\left( R_{i,t}-R_{f,t-1} \right)

    •  R_{f,t-1}:時刻tにおける無リスク資産の収益率(簡単のため、一時刻前のt-1の時点で既知とする)
    •  \omega_{i,t}:時刻tにおける金融資産iへの投資比率(i=1,...,n)。 \omega_{i,t} \geq 0かつ 0 \leq \sum_{i=1}^{n} \omega_{i,t} \leq 1を満たす。
    •  R_{i,t}:時刻tにおける金融資産iの収益率(i=1,...,n)。これは、収益率に関連する変数X_ {t}に依存する。
  • これまで登場した確率変数の関係は、下図のグラフィカルモデルで表される(簡単のため、図中では金融資産を指す添字iを省略している)。
投資に関連する確率変数のグラフィカルモデル

上記の仮定のもとで、時刻tにおける情報 S_{t} = \left[ X_{t}, R_{t}, W_{t}, C_{t}, R_{f,t} \right]^{\mathrm{T}} が与えられているとき、目的関数は以下のように書くことができます。


 {
\displaystyle  
\begin{eqnarray}
\mathrm{max}_{\omega_{t:T-1}} E \left[ \left. \mathrm{log} \left(W_{T} \right) \right| S_t \right]
&=& \mathrm{max}_{\omega_{t:T-1}} E \left[ \left. \mathrm{log}\left(W_{t} \right) + \sum_{k=t}^{T-1} \mathrm{log} \left(1+\tilde{R}_{p,k+1} \right) \right| S_t \right] \\
&=& \mathrm{max}_{\omega_{t:T-1}} E \left[ \left. E \left[ \left. \mathrm{log}\left(W_{t} \right) + \sum_{k=t}^{T-1} \mathrm{log} \left(1+\tilde{R}_{p,k+1} \right) \right| S_{t+1},S_t \right] \right| S_t \right] \\
&=& \mathrm{max}_{\omega_{t:T-1}} E \left[ \left. E \left[ \left. \mathrm{log}\left(W_{t} \right) + \sum_{k=t}^{T-1} \mathrm{log} \left(1+\tilde{R}_{p,k+1} \right) \right| S_{t+1} \right] \right| S_t \right] \\
&=& \mathrm{log}\left(W_{t} \right) +  \mathrm{max}_{\omega_{t}} E \left[ \left. \mathrm{log} \left(1+\tilde{R}_{p,t+1} \right) + \mathrm{max}_{\omega_{t+1:T-1}} E \left[ \left.  \sum_{k=t+1}^{T-1} \mathrm{log} \left(1+\tilde{R}_{p,k+1} \right) \right| S_{t+1} \right] \right| S_t \right]
\end{eqnarray}
}
ここで、

  • 1行目の式変形では、W_{t}=(1+\tilde{R}_{p,t})W_{t-1}を代入し、さらに対数関数の性質を利用することで、目的関数を、各期の収益率の対数の和に分解しました。
  • 2行目の式変形では、期待値の繰返し公式( E \left[X \right] = E \left[  E \left[ \left. X \right| Y \right] \right])を用いました。
  • 3行目の式変形では、 S_{t}マルコフ性( p\left( \left. S_{t+1} \right| S_{0},\ldots, S_{t}\right) =  p\left( \left. S_{t+1} \right| S_{t}\right) )を用いました*1
  • 4行目の式変形では、\mathrm{log}\left(W_{t} \right)が定数であることと、目的関数の単調性を用いました。

上式より、 J \left(S_t \right) = \mathrm{max}_{\omega_{t:T-1}} E \left[ \left. \mathrm{log} \left(W_{T} \right) \right| S_t \right] - \mathrm{log} \left(W_{t} \right) = \mathrm{max}_{\omega_{t:T-1}} E \left[ \left. \sum_{k=t}^{T-1} \mathrm{log} \left(1+\tilde{R}_{p,k+1} \right) \right| S_t \right]と定義すると、以下のような再帰式を得ることができます。



J \left(S_t \right) = \mathrm{max}_{\omega_{t}} E \left[ \left. \mathrm{log} \left(1+\tilde{R}_{p,t+1} \right) + J \left(S_{t+1} \right) \right| S_t \right]

動的計画法による最適解の導出

 前節で導出した再帰式を、以下のように終端時刻から後ろ向きに解くことで、全時刻の最適解を求めることができます。このような帰納的な解法を総称して動的計画法と呼びます。

  1.  J \left(S_{T-1} \right)を解いて最適解 \omega_{T-1}^{*}を求める。
  2. 手順1で求めた最適解 \omega_{T-1}^{*} J \left(S_{T-2} \right)に代入し、一時刻前の最適解 \omega_{T-2}^{*}を求める。
  3. 手順2と同様の手続きを繰り返すことで、全時刻の最適解 \omega_{t:T-1}^{*}を求める。

 手順1から具体的に計算していきます。 J \left(S_{T-1} \right)は次のように表されます。


 J \left(S_{T-1} \right) = \mathrm{max}_{\omega_{T-1}} E \left[ \left. \mathrm{log} \left(1+\tilde{R}_{p,T} \right) \right| S_{T-1} \right]
上式より目的関数は凹関数なので、最適性の一次の必要条件を満たす \omega_{T-1}が大域的最適解に一致します。よって、目的関数を \omega_{i,T-1}について微分することで、最適解 \omega_{T-1}^{*}が満たす方程式は以下のようになります。

 E \left[ \left. \frac{R_{i,T}-R_{f,T-1}}{\left( 1+\tilde{R}_{p,T}\left(\omega_{T-1}^{*}\right) \right)} \right| S_{T-1} \right]=0 \quad (i=1,\ldots,n)
この方程式を解くには金融資産の収益率の確率分布p\left( \left. R_{T} \right| X_{T-1} \right)が必要なのですが、ここでは解が得られたとして次の手順に進みます。
 手順2では、手順1で求めた解を用いて次式を解きます。

 {
\displaystyle  
\begin{eqnarray}
J\left(S_{T-2}\right) &=& E \left[ \mathrm{log} \left(1+\tilde{R}_{p,T-1}\right) + \left. J \left({S}_{T-1} \right)\right| S_{T-2} \right] \\
&=& E \left[\left. \mathrm{log} \left(1+\tilde{R}_{p,T-1}\right) + \mathrm{log} \left( 1+\tilde{R}_{p,T}\left(\omega_{T-1}^{*}\right) \right) \right| S_{T-2} \right]
\end{eqnarray}
}
第二項は \omega_{T-2}に依存しないため、第一項を \omega_{i,T-2}について微分することで、最適解 \omega_{T-2}^{*}が満たす方程式は以下のようになります。

 E \left[ \left. \frac{R_{i,T-1}-R_{f,T-2}}{\left( 1+\tilde{R}_{p,T-1}\left(\omega_{T-2}^{*}\right) \right)} \right| S_{T-2} \right]=0 \quad (i=1,\ldots,n)
 手順1,2を見てみると、最適な投資比率 \omega_{t}^{*}を決めるには、一期先の収益率の期待対数効用E \left[\left. \mathrm{log} \left(1+\tilde{R}_{p,t+1}\right) \right| S_{t} \right]を最大化すればよいことが分かります。したがって、任意の時刻tにおける最適解は次式の解に一致します。

 E \left[ \left. \frac{R_{i,t+1}-R_{f,t}}{\left( 1+\tilde{R}_{p,t+1}\left(\omega_{t}^{*}\right) \right)} \right| S_{t} \right]=0 \quad (i=1,\ldots,n)

まとめ

資産の期待対数効用の最大化問題として投資を定式化し、最適な投資比率が満たす条件を動的計画法により求めました。この条件から具体的な投資比率を求めるには金融資産の一期先の収益率の確率分布が必要なのですが、これについては別の記事で書きます。

参考文献

 期待値を最大化する戦略が破産のリスクに直面することを、18章の回転盤のギャンブルの例で分かりやすく示しています。本記事の例題は本書を参考にしました。

 再帰方程式の導出において重要な目的関数の性質(単調性・繰返し法則等)が3章1〜3節に分かりやすく書かれており、目的関数の設定および再帰式の導出に役立ちました。

 本記事では資産の最大化のみを考慮しましたが、本書では、資産だけでなく消費の最適化も含めたより一般的な問題の解を3章1〜3節で導出しています。

 グラフィカルモデルに基づく条件付き独立性のチェック方法が本書の8.2節に示されており、(本記事では割愛しましたが)マルコフ性が成り立つことを確認する際に参考にしました。

*1:この性質のおかげで、期待値計算に必要な確率分布が投資期間の長さに依らずシンプルになります。本記事ではマルコフ性の確認を割愛します。